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12月8日         2022.12.10
12月8日は、81年前に旧日本軍が真珠湾に先制攻撃をかけて太平洋戦争を開戦した日だ。その結果日本人の死者300万人以上、アジア太平洋地域で2,000万人以上の死者を出すという悲惨な結果をもたらした。敗戦後は二度と戦争は起こさないという決意で第9条を含めた平和憲法を制定した。
また、12月8日はおよそ2500年前にインドブッダガヤの菩提樹の下で釈迦が悟りを開いた日だ。釈迦が悟りを開いてた仏教では不殺生の戒めを説いる。
この日の朝刊に、自民・公明政府が防衛費を5年間で現在の総額25.9兆円から43兆円に増額し、増額の17兆円は歳出見直し、余剰金の活用(国の財産売却)、増税などで賄うという考えを示したとの記事が出ていた。これで世界第3位の軍事大国になるという。これは政府が以前から繰り返している日本を取り巻く安全保障環境の脅威が増しているという口実で、ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮の度重なるミサイル発射や中国の軍事力強化を理由に敵基地攻撃能力を含めた軍事力を巨大化しようとするものだ。9条に規定する「戦争と、武力による威嚇や武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とする憲法に違反し、平和憲法を空洞化している。この脅威を煽っているのが公共放送であるNHKだということに驚く。先日のニュースウオッチ9でキャスターが日本を取り巻く安全保障環境の脅威について防衛大学校名誉教授の五百籏頭 眞氏にインタビューし、氏は学者にもかかわらず背景や根拠になる分析を一切語らずロシア、北朝鮮、中国はコントロールの効かない国で非常に脅威が高まっているので、戦争抑止に必要な防衛力を強化すべきだとの趣旨の内容を語らせた。キャスターもこれに全く注釈も加えず流した。NHKは公共放送でなく国のプロパガンダを流す国営放送になってしまった(受信料はいらない!)。日本の安全保障環境の脅威を増大させているのはアメリカのこの地域での敵視政策で、敵視する北朝鮮に厳しい経済制裁を科し、あらゆる面で米国を脅かすまでになった中国を押さえ込むために中国包囲網をインド・太平洋地域で敷く政策のためだ。台湾有事は半導体生産で群を抜いて世界をリードする台湾を中国に近づけない戦略と見ることが出来る。政府は集団的自衛権行使を容認する安保法案を強行採決し、アメリカが戦争を始めれば日本も参戦するという状況を作り出した。加えて日本に敵基地攻撃のミサイルを多数配備することは、アメリカ軍やアメリカ本土防衛の盾になり、戦争が起こればこの地域で多くの死者が出、日本は壊滅的な破壊を受けることになる。難民として何処に流出する? それでなくとも少子高齢化・低成長社会で国民は生活に苦しんでいる。人工知能に分析させてもこんな結論は出さないだろう。今殺戮と破壊のために膨大な資源やエネルギーを浪費することは、世界の人々を苦しめ攻撃していることにもなる。中国に正すべきは正しても、公正な競争をしない米国に未来はない。
釈迦の仏教は輪廻思想で、煩悩から逃れられない衆生は前世の行いにより、天道、人間道、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道を輪廻し続けると説く。人間道の下の阿修羅道は威嚇と殺し合いの世界だ。今私達がやっていることは阿修羅道の世界だ。人間道は様々な苦はあっても、理知と人道の世界だ。
日本は朝鮮半島の平和的統一と台湾と中国の平和的関係構築に最も責任を負っている国だ。これらの国を敵視し軍事大国化して国の安全を脅かすのではなく、信頼に基ずく外交力を発揮して地域の平和と安定を実現することこそが日本の安全保障につながる。今叫ぶべきは軍拡ではなく軍縮だ。武器より理知だ。
足腰の弱った雄鹿が巨大な角を持ったら転ぶだけだ。このままでは日本は破滅し、阿修羅道どころか無知の畜生道や飢えの餓鬼道、地獄にさえ転落する。

談合はなぜなくならない       2022.12.1
オリンピック・パラリンピックの受注で大がかりな談合があったと報じられている。賄賂による汚職問題に続いて入札談合問題と、東京オリンピック・パラリンピック2020は泥にまみれた大会であったことが白日の下となった。談合企業は摘発されることになるだろうが、問題の本質は談合により東京都民や国民の税金、またボランティアの善意が奪い取られたことにある。しかるに、オリンピック・パラリンピックの責任者である東京都知事も政府の首相もだんまりを決め込んでいる。
繰り返し行われる談合はなぜなくならないのか? これはゲームの理論で、同じ顔ぶれで入札のようなゲームを繰り返すとき、談合するという方法を取ると各プレーヤー(入札者)の平均利得が最も高くなるという事実のためだ。進化生物学では、この場合談合は進化的に安定な戦略(ESS)と呼ばれ、他の戦略を取る個体が集団に現れても、集団は結局進化的に安定な戦略を取る個体に収束することになる。つまり談合に加わらないという入札者が現れても、繰り返し同じ顔ぶれで入札を繰り返すと、結局儲けるために皆談合することになると言うことだ。談合をなくすのはやっかいな問題だ。(ゲームの理論など持ち出さなくても入札者は談合が最適戦略だと知っている!)
ではどうすれば談合をなくせるのか。入札者が高い倫理性を共通して持っていれば談合は避けられる。今の社会で倫理性を期待することは無理なのか。 談合に加わわったことが判明すれば、その入札者は当面入札に参加させない、または大きな罰金を課せば、談合入札者の平均利得が下がって、談合という戦略は難しい。また同じ顔ぶれでプレーすることにより談合という戦略が最適戦略になるので、入札毎にプレーヤー(入札者)をシャッフルして入札に加わる入札者を決めれば、談合という戦略は成り立たない。入札者が談合に加わったことを公表し、国民が厳しくそれを批判する行動を取れば、入札者の社会的価値が下がり、談合が最適戦略とは言えなくなるだろう。

 

ダーウインの性選択の難題が解けた?                   2022.10.11
「都市で進化する生物たち ー ダーウインが街にやってくる」岸由二・小宮 繁訳、草思社 2020年(原題:Darwin comes to town - How the urban jungle drives evolution. Menno Schilthuizen 2018)を読んだ。古典的には自然界での生物の進化はゆっくり進むので、短期間で進化を目にすることは難しいと考えられてきた(進化を遺伝子頻度の変化と見れば、日々検出されているのだが)。生物の進化は環境の選択圧の変化に対して、より有利な遺伝子(の組み合わせ)を持つ個体が選択され増えることだ。筆者はこうした進化が人間が係わる都市の中で現実に起こっていることを示し、自然はダイナミックなので都市の自然も許容するより実践的な保全戦略をとるべきこと、都市という新しい生態系を形成しつつある進化の力を受け入れて利用し人類の将来に活かす、といった考えを提示している。
筆者は生態系エンジニア(訳本では生態系工学技術者)から話を始める。生態系エンジニアは自らの働きで生息地の構造や環境を変化させ、自らや他の生物の生存に影響を与える生物である。ビーバーが木を切ってダムを造り、河川を大きく改変してそこを生息場所とする例が挙げられる。だが、本書を読んで人間こそが地上最強の生態系エンジニアだと気づかされる。自然を改変した都市は外の自然環境から都市に入り込んできた生物に大きな選択圧をかけることは容易に想像できる。筆者は進化の実験場所として最適の場所を話題に選んだ。
都市での進化の事実として、ロンドンの地下鉄でイエカの新たな系統として進化したチカイエカ(東京都内でこのカに悩まされ、クリスマスまで蚊帳をつっていたことを思い出す)や有名な工業黒化として知られるオオシモフリエダシャクの古典的例を初め、都市で植物、昆虫、魚類、鳥類、哺乳類の進化した興味ある事例を挙げている。しかし、多くの場合実際に野外で遺伝子構成が変化して行動や形質が変化したことを示すのは簡単ではない。生物は同じ遺伝子構成でも環境に応じて可塑的に異なる形質を発現する。また、例に挙げられた鳥やナマズの行動変化は学習による可能性も否定できない。
性選択について触れた17章(セックス・アンド・ザ・シティー)に最も興味をひかれた。アメリカの高山地帯の針葉樹林帯に生息するユキヒメドリという鳥が都市的環境の大学のキャンパスで巣作りを始めたという。ユキヒメドリの雄は尾の外側の白い羽の部分を誇示して雌を誘う。この鳥の本来の生息地で雄の尾羽により目立つ白い羽を貼ったり、目立たない羽を貼ったりして操作する実験が行われた。その結果、雌は一貫して尾の白さが最も際立つ雄を選択した。ダーウインは自然選択による進化では、一見過剰に目立ったり大きな角や鋏を持つような不利な形質の存在を説明出来なかった。こうした形質は雌雄のどちらかが持っており、彼はこうした形質は同性間のまたは異性を巡る競争(性選択)の結果進化したと考えた。ユキヒメドリの雌が天敵に対してより目立つ白い羽を持つ雄を選択するという、正に性選択の好例だ。性選択の機作を説明する仮説が提唱されている。一つは著名な統計学者であり遺伝・進化生物学者であったフィッシャーの「ランナウェイ説」で、雌または雄の間で異性のある形質が配偶者として選ばれる傾向ができると、より形質が強化された個体が選択されて一方的に形質の強化が進む(ランナウェイする)。もう一つの有力な仮説は「優良遺伝子説」で、不利な形質を持つのは重荷(ハンディキャップ)だがその様な形質を持っているのは生存のための優良な遺伝子を持っているから可能で、その様な形質を持った配偶者を異性が選んで形質が進化する。実際にユキヒメドリの雄の場合はより白い尾羽を持った雄は男性ホルモンのテストステロンの値が高く、雄間闘争に強い(優良遺伝子を持っている)。一方、都市に進出したユキヒメドリは、都市環境では目立つ白い羽の雄は天敵のタカに捕食されやすい可能性がある。実際に都市環境では尾羽が目立たない雄のユキヒメドリが増えていた。これは雌の好みで生存とは関係なく形質が一方的に進化する「ランナウェイ説」を否定している?  いや、雌の好みの変化を調べていないので、「ランナウェイ説」または「優良遺伝子説」の性選択と天敵による自然選択のせめぎ合いの結果かも知れない。やはり、性選択も自然選択の枠内で起こると考えるのが妥当だろう。
最後に人間も都市で進化する生物か?という命題を提示する。人間も一生物なので、他の生物が都市で進化するように、必然的に進化するはずだ。ただ、我々は自らの進化を客観視できない性(さが)がある。さらに、都市そのものが自然環境を取り入れるように進化することを述べ、都市デザインが進化的推論をどの様に利用出来るかについて、都市プランニングの原則を提示する試みを行っている。
都市は自然環境の中に浮かぶ島嶼だ。都市に入り込んだ生物は集団サイズが小さく、また周囲の環境との遺伝子流動が制約される。その結果、生物進化が起こりやすい環境でもある。原生自然や二次的里山自然は都市を支えている。こうした環境が給源となって都市に生物を送り込まなければ都市の生物の進化は妨げられる。原生自然や里山環境の保全は、都市での生物進化を考える上で欠かせない。

 

戦時放送          2022.10.8
10月4日朝NHKラジオを聞いていたら、7時半頃突然放送が中断されて、「ミサイル発射、ミサイル発射」という音声が流れてきた。そして青森、北海道、東京都島嶼部の住人は地下か、堅固な建物、なければ屋内に入って窓から離れるようにと言った内容の放送が続いた。北朝鮮が弾道ミサイルを発射したので警報が発せられたようだった。今年になって北朝鮮は20数発のミサイルを日本周辺に発射したといった防衛省発表の情報を悠長に放送している。テレビを付けると真っ赤な静止画面になっていた。本当にミサイルが落下する可能性があるなら、津波警報のようにひたすら避難するようにと繰り返すべきだ。もうこの時点でミサイルは日本の遙か上空を通過して飛び去っていたのだ。しばらくして今度は「ミサイル通過、ミサイル通過」という放送が流れた。最初の時点で「今北朝鮮が発射したミサイルが青森・北海道の上空を通過しました。落下物がある可能性があるので注意するように。」といった臨時放送を流すのが最も妥当だったはずだ。よしんば、発射されて6分で着弾するミサイルが飛来しても逃れる手段は我々にはない。
そもそも日本と北朝鮮が直接敵対する理由がない。あるとすれば、北朝鮮を敵国と見なして経済制裁を加えているアメリカの同盟国として日本も付き合わされて北朝鮮を敵対国として見なしていると言うことだろう。日本はアメリカに多くの米軍基地や付属施設を提供しており、また安保法案を成立させ集団的自衛権を行使してアメリカの戦争に加担する国にもなった。北朝鮮が日本をより強く敵対国と見なすようになったとしても無理は無い。
北朝鮮が核兵器を開発してミサイルを撃つのは、アメリカに対してであり、経済制裁解除交渉をアメリカに迫るためだ。さらに、敵国としてアメリカに攻撃されて金体制が崩壊させられることを恐れてであろう。いずれにしても、アメリカと北朝鮮が戦争を始めれば、北朝鮮に近い日本は甚大な被害を受けることになり、朝鮮半島でも多くの人々が死ぬことになる。朝鮮半島が北と南に分断されたのは、日本が占領した結果だ。日本は韓国と北朝鮮を平和的に統一させるための最も重い責任を負っている国だ。北朝鮮とも国交を開いて、韓国、北朝鮮、アメリカの間に入って朝鮮半島に平和的な関係を構築することに最大限の外交努力をするのが日本の立場だ。そのことが、戦争を回避して日本国民の生命と財産を護る最も有効な手段でもある。

国葬   2022年9月16日

同じ未来を見ていた最も仲の良かったウラジミールを葬儀に招待出来ないのは、故安倍元首相にとって残念の極みだろう。彼がウクライナ侵攻を始めた時に、クレムリンに飛んでいって彼を思いとどまらせていたら、彼は葬儀に参加出来たはずだ。でも、せめて親友には草葉の陰から言って欲しい。「ウクライナからは撤退してくれ」と。

嘘つき大国日本              2022年9月8日
クレタ島の哲学者エピメニデスが「クレタ人は皆嘘つきだ」と言った。「この命題は真か偽か」という有名なパラドックスがある。命題「クレタ人は皆嘘つきだ」が真なら、嘘つきのクレタ人が言っているのだからクレタ人は嘘つきでないことになる。「クレタ人は皆嘘つきだ」が偽なら、嘘をつかないクレタ人が嘘つきだと言うことになり矛盾する。だが、「日本人は皆嘘つきになった」と言う命題はパラドックスでなく”真”だ。
 先日朝日新聞に小さな記事だったが、島津製作所がエックス線撮影装置に時間が来たら故障させるタイマーを密かに組み込んで販売し、故障したと見せかけて修理費をだまし取ったとの記事があった。島津は京都で創業し、創業記念館が京都にあり、日本初のエックス線装置を開発したと誇らしげに展示している。そのエックス線撮影装置に故障するタイマーを仕掛けて販売したとは・・。もの作りの良心も誇りも捨ててしまったと言うことだ。もう島津の製品は誰も信用しないだろう。ノーベル賞受賞者まで出したのに。地に墜ちた!!
 地に墜ちたということでは、島津に限らない。最近にも日野自動車がほとんどのエンジン性能をごまかしていて認証を取り消されたと報じられた。三菱電機の度重なる品質・検査不正。同様に東芝、日立、日産、スバル、スズキ、東洋ゴム、旭化成、東レ、神戸製鋼、等等等等・・・。全部日本を代表する大企業だ。これらは、駄目な経営者が地道な技術開発や研究開発に投資せず、目先の利益を追求してきた結果だ。公的研究も投資を怠り、研究がゆがめられてきた。
 それを裏付けるのが研究不正(嘘の論文の数)が日本が世界トップだという事実だ。ねつ造した論文として撤回された論文数をまとめたretraction watch というサイトがある。 <http://retractionwatch.com/the-retraction-watch-leaderboard/>  不正な研究論文を書いた論文数上位10人の内、トップを入れて5人の研究者が日本人だ。トップのねつ造論文数は183論文!!それ以下のランクにも日本人研究者が見られる。目を疑うが事実だ。その結果、研究のレベルでは中国に大きく差を付けられ、これまで日本より下位だった韓国の後塵を拝するまでになった。
 国の現状を知る指標である官庁の統計も次々ウソが発覚している。
 政治も安倍首相が森・加計・桜を見る会問題で国民の前で官僚を巻き込んで堂々と嘘を突き通して国民は倫理・道徳観念を傷つけられた。一国の首相がだ。
 産地偽装、虚偽広告、オレオレ詐欺・・・。もう数えたらきりがない。
 嘘で糊塗しないと成り立たないのがいまの日本の現状だ。戦後の混乱期から国民は良心と情熱をもって様々なものに取り組んできた。それが日本をJapan as number oneと言わしめる国にしたはずだ。それを境にその大事なものを忘れて、人を信じず、目先の利益や効率を図る外国の表面的仕組みだけを進んだものとして取り入れて技術力・創造力を失ってしまった。同時に倫理観も捨ててしまった。今や日本の現状を示す指標のほとんどは先進国の中で最低水準にある。
 嘘の蔓延する社会に将来はない。国民が良心と情熱をもって生き、働き、学べる社会にもう一度もどすことを皆で考えるべきだ。政治家や経営者はそうした輝きを取り戻せる社会や職場を保障する義務がある。

SDGs  うさんくさい?                 2022年6月21日
朝日新聞の記事に「SDGs  うさんくさい?」という記事があった(6月19日)。SDGsはうさんくさいという意見がSNS上に流れているらしい。関心を持った記者が読者にアンケートをとったら、何だかうさんくさいと感じている人が全体の58%で、「いいえ」の25%を大きく上回った。理由は、「企業や団体のアピール合戦になっているから」36%、「きれいごとが並んでいるから」25%、「中身がよく理解できないから」11%とつづく。「実現する可能性が低いから」10%というのもある。SDGsについてどの程度知っているかという問いに、「よく知っている」は5%にも満たない。「少し知っている」は55%で、残りの人は「ほとんど知らない」か「全く知らない」だった。つまりSDGsはほとんどの人がよく知らないか全く知らないのだ。SDGsがうさんくさいのではなく、SDGsなんて言葉を使っているから関心を呼ばないし、その結果知らない事になる。SDGsはSustainable Development Goalsの頭文字だ。sustainableなんて単語学校英語で習う? 日本人に分かる「持続可能な開発目標」という言葉を何故使わないのか。「持続可能目標」でも良いだろう。意味が分からなければ誰も正しい理解はしないし、まして求められている行動も取らない。最初から政府や行政は真面目に取り組む気がないのだ。世界経済フォーラムとフランスの調査会社の2019年の調査によれば、日本のSDGs認知度は、調査対象となった28カ国中最も低く、各目標の重要度を問う質問に対しても、「たいして重要でない」「全く重要でない」という否定的な回答が最も多かった(南・稲場 2020)。朝日新聞アンケートの「実現する可能性が低いから」は当然だろう。
世界の社会・経済・環境の様々な領域で劣悪化が進み、人々が困難な状況に直面するようになり、人間が生きていく上で「持続可能」な世界の社会や環境のシステムに転換しなければならないという危機意識から、多くの議論を経て「持続可能な開発目標」は2015年に国連で採択された(https://www.unicef.or.jp/kodomo/sdgs/about/)。 17の目標が設定され、目標は貧困、飢餓・食糧、健康・福祉、教育、ジェンダー、水・衛生、エネルギー、産業・労働、格差、気候変動、陸域生物などなど多岐にわたる。それぞれの目標達成のために169の具体的目標と達成状況を測るための232の指標が含まれる。これらの目標は複雑に関係しているが、一つの目標の達成を進めることは総じて他の目標を進めることにもなる。しかし、ある目標を進めようとすると短期的に他の目標に必ずしもプラスにならずベクトルの方向が相互に異なる可能性がある。それでもベクトルの総和を最大化する方向に取り組めば「持続可能性」が達成されることになる。この目標の精神の崇高性は世界の「誰一人取り残さない」ということだ。これは今生きている世代だけでなく「将来の世代の人々」も取り残さないということを意味する。
「持続可能性」を否定することは、破滅か破綻を意味し、否定できない命題だ。目標達成年は2030年に設定されている。後8年しか残されていない。目標は単なる「指針」ではなく、目標を達成しなければ破滅や破綻への道を歩むことになるだろう。政府は国民に持続可能目標の認知を徹底する責任がある。17色の丸いバッジは免罪符にはならない。政府も行政も企業も「やっているふり」は許されない。私達個人も他人事でなく自らのこととして考え、行動することが求められている。

 スカスカでない海綿の本            2022年6月13日
カイメン - すてきなスカスカ  椿 玲未著  岩波書店  2021年8月発行

海綿→スポンジ→台所用品→プラスチック?? 海綿という生物名を知っていたが、海綿って植物?動物? そもそも本物の海綿が海の中にいるのを見たことがない。水族館にも行くが関心が無かったのか見た記憶がない。というわけで、「すてきなスカスカ」というタイトルに魅せられて読んでみた。結論から先に言うと、おもしろい! しかも本邦初の海綿の本。海綿は「はじめに」で海綿動物と書かれているので動物である(本書では以下カイメンとカタカナ表記される)。岩波科学ライブラリーシリーズの中表紙はモノクロだが、この本は北斎の神奈川沖浪裏に海綿が踊るカラー絵になっていて、いきなり引き込まれる。その後、随所に出てくるカラー写真やイラストが見事で、本を読み進ませてくれる。第1章は、海綿と人とのつながりで、古代ギリシア時代には既に記述があり古くから様々な用途として使われていたと言う。こうした需要のため地中海沿岸地域やフロリダには海綿漁師がいるが環境の悪化で不良が続き、養殖も試みられている。海綿には有用な効果を持つ薬用成分が多く見つかっているが、成分を利用するための養殖も含めて大量に海綿を得る技術はまだないようだ。海綿は水中の餌をこし取って食べるため、周りの水を効率良く取り入れ、排出する頑丈な構造を持っている。この構造を模して効率的な換気性能と強靱な構造を持つビルが建設されている(生体模倣またはバイオミメティクスと言う)。第2章は、生き物としての海綿について述べる。海綿のスカスカ構造は、水を効率良く出し入れする水路網が体にびっしりはりめぐらせているためだそうだ。この構造で水中の酸素を取り入れ、餌をこし取っている。海綿は器官を持たない単純な構造から、最も原始的な多細胞生物と考えられていて、クシクラゲ類とその最古の多細胞生物という勲章を争っている。海綿は8,500種以上がこれまで記載されていて、研究が進めばもっと多くの海綿が見つかるだろう。単純な構造で特徴の少ない海綿の形態による分類が難しいようで、近年のDNA情報を用いた分類に再編が進められている。近年生物分類はDNA情報偏重に陥っているが、著者はそうした時代だからこそ進化の具合や内容を判断する「人間の目」が必要だと言う。卓見だ。全ての海綿があのスポンジのようになれるわけではなく、大きなスポンジになるのは複雑な水路系を持ったタイプだけで、3mを超える海綿もあるそうだ。第3章は海綿の行動学ことはじめとなっている。動かない海綿の行動学? 海綿は水を濾過して生きているので、神経系を持たないが目詰まりを避けるための高度な技を持っている。また、生息場所の条件が悪くなれば、体の組織を再構築しながらゆっくりではあるが移動できる。さらに話は第4章海綿をとりまく生き物たち、第5章生態系の中の海綿というように展開する。珊瑚が繁栄する浅瀬の海は有機物が少なく砂漠のような環境だが、世界有数の豊かな生態系を育むというパラドックスがある。実は珊瑚礁の海水中には大量の有機物が存在していて、その有機物を他の生物が利用出来るようにしているのが海綿だったと言うのだ。海綿はさらに深海生態系でも重要な役割を果たしているらしいが、その海綿礁の多くが破壊されているという。海綿礁は1m成長するのに220年かかる。海綿の保護を含めて未知の領域の海綿の研究の重要性が分かる。スカスカでない中身の詰まった海綿の本だった。著者を含めた海綿研究者のこれからの研究に期待したい。

All about 食虫植物                                    2022年5月12日
食虫植物 -進化の迷宮をゆく  福島健児著   岩波書店  2022年3月発行

著者は、生物は例外の宝庫だと言う。昆虫を食べるハエトリソウをダーウィンは世界で最も不思議な植物一つだと言い、食虫植物はダーウィンにとっても例外だったのだろう。食虫植物は全被子植物種の1%にも満たない弱小グループであるという記述からも例外と言える。本書は、食虫植物の意外な生き方とその進化を余すところなく書くことを目的としている。
 食虫植物と言えば、貧栄養の高山湿地に見られるモウセンゴケが頭に浮かぶ。食虫植物と言っても、結構定義は難しいらしく、虫の捕獲、殺害、消化、吸収、利用することが要件とされるが、一部の機能を他の昆虫の助けを借りるというやはり例外があると言う。虫の捕まえ方は、植物によってモウセンゴケの鳥もち式、ハエトリソウのトラバサミ、ウツボカズラの落とし穴以外にも、投擲など高度な技を持っているのがいる。しかし、食虫植物はエネルギーを得るために虫だけを捕まえて生きているわけではなく、光合成も行わなければならない。食虫植物は効率的な光合成装置の葉を変形させて虫を捕らえる。葉を昆虫捕獲装置に多く投資すれば、光合成を犠牲にすることになる。葉を光合成のために投資しようとすれば、昆虫捕獲装置を犠牲にしなければならないと言う葛藤がある。花粉を媒介する送粉昆虫を捕らえてしまうと、種子が作れない。それでも虫を食べる意味は、貧栄養や様々な条件が揃ったときに虫も食べることが獲得エネルギーを最大に出来るためなのだ。
 ただ、どの植物でも食虫植物になれるわけではなく、限られた植物のグループから独立に食虫植物が進化した。やはり例外だ。虫の捕獲、殺害、消化、吸収、利用といった植物にとって特殊な機能を全てそろえるための進化は相当困難だと想像はつく。思い出すのは、マッカーサーとコンネルがある本の中で自然選択による進化を説明するのに使ったのは、猿がでたらめにタイプを打っても、その中の偶然打たれる意味のある文を長い時間をかけて選んでいくと、やがて名作が出来るという例えだった。しかし、いかに進化的時間といっても時間は有限だ。でたらめに猿がタイプを打っていても機能のある食虫植物という名作が進化するには時間が足りない。一方、既に部分的に使える文章がいくつもあれば、それをつなぎ合わせて、目的の文章を作ることはより容易だ。私もあちこちで書いた文章を適当につなげて文章を書くという安直作文技術を使っている。著者は、植物が既に持っている機能を「使い回して」食虫に必要な機能を進化させたという転用進化が重要だと見ている。そう言えば、花粉媒介のために落とし穴式の花で昆虫を捕らえるサトイモ科のマムシグサなどがある。こうした機能も使い回されたかも知れない。実際、本には食虫植物が進化した分類群としてサトイモ科の属するオモダカ目が上げられている。
 最後に、著者は多くの食虫植物の未来はそう明るくないと言う。IUCNの絶滅のおそれのある野生生物のレッドリストに、世界860種の食虫植物の4分の1以上が準絶滅以上のランクに上げられていて、その内の89種は一カ所の生息地しか知られていないと言う。一般に食虫植物のように特殊な生物は進化の袋小路に入ってしまっていると言われる。しかし、かって食虫植物だったが、食虫植物を止めてしまった植物が知られている。著者は、捕虫能力は「なくても死にはしないもの」で、「捨て去ることができるライフスタイル」だと言う。食虫植物は生物のたくましさと進化の深遠さをも教えてくれる。もう例外とは言わせない。本書はさらに食虫植物の利用にも触れる。All about 食虫植物だ。
 著者は、食虫植物と科学のこれからについて、本書に紹介した食虫植物の研究例は、大部分がより高い精度でもって修正される運命にあるかも知れないとも述べる。然り。科学とは仮説の検証をすることで、常に仮説は新たな仮説で塗り替えられる。
 読んでいて幸せな時間を与えてくれた著者に感謝したい。

憲法集会in京都                                                               2022年5月3日

爽やかな新緑の憲法記念日に、円山音楽堂で開催された憲法集会in京都2022年の集会とデモに参加した。集会とデモに参加するのは、2015年の集団的自衛権容認や自衛隊の活動範囲や武器使用を拡大する安全保障関連法案に反対する集会以来だ。この時は何度も集会とデモに参加したが、違憲法案を通されてしまった。今回憲法集会に参加したのはロシアのウクライナ侵攻に乗じて憲法を改悪しようとする動きが切迫してきたからだ。もちろんウクライナの反戦の意も含めて。
 衆議院では、改憲をもくろむ政党の議席数が改憲を発議できる三分の二を上回っている。今年7月に予定されている参議院選挙でも、現憲法を護り改憲に反対する護憲政党は分断・切崩しと世論操作に合って難しい状況が予測される。5月3日付け朝日新聞の世論調査では、憲法改正が必要とする回答57%が必要ないとする回答35%を大きく上回った。しかし、設問は改憲の中身を示さず、今度の参議院選挙で改憲政党の議席数が三分の二を占めることに賛成か反対かを聞くという内容で、設問自体が意味をなさない。改憲政党の言う改憲は、憲法9条の平和条項を変え、いざという時は国民の権利を制約したいのであって、それ以外は現行憲法内で行えるものだ。設問は憲法9条を変える方が良いかどうかも問うている。今度は、変える方が良いは33%、変えない方が良いは59%だった。結局憲法の何を変えたいのか明確にしない世論調査だ。
 同じ世論調査の9条を変えるかどうかの設問も愚問であった。日本国憲法は前文で、「日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と表明している。こうした前提に立って、9条は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」としているのだ。つまり、日本は平和外交の不断の努力の上に立って、武力ではなく信頼に基づく安全保障を行うことを宣言している。特定の国を敵視しない平和外交とセットで9条の是非を問うべきであって、9条の是非だけを訪うのは意味が無く害悪でさえある。前文はまた、「いづれの国家も自国のことのみに専念して他国を無視してはならない。政治道徳の法則は普遍的なものであり、この法則に従うことは自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務である」と述べる。全ての地域・国際紛争の平和的解決に等しくかかわる日本の平和外交が、わが国の安全を保障することを明確にしている。
 一方、憲法第三章の国民の権利及び義務にかかわる多くの条項で補償されている国民の権利が阻害されている。基本的人権(11条)、個人の尊重・幸福の追求(12条)、法の下の平等(14条)、思想および信条の自由(19条)、集会・結社・表現の自由・通信の秘密(21条)、学問の自由(23条)、家族に於ける個人の尊厳・両性の平等(24条)、国民の生存権・国の社会保障義務(25条)、教育を等しく受ける権利、義務教育は無償(26条)、勤労の権利義務(27条)、勤労者の団結権・団体交渉権(28条)の国の補償する国民の権利のほとんどが、危機に瀕している。国は改憲ではなく、現憲法を守る義務こそ果たすべきだ。
 憲法集会の参加者は、残念な事に私を含めてほとんどが高齢者だった。ウクライナの状況を見れば、戦争が起これば若者が銃をとり命を落とすことは明白だ。日本では老人や女性、子どもが他国に避難することさえ不可能だ。先の大戦から学んだ平和外交に基づく武力によらない平和憲法こそ、国民を護る最も有効な手段なのだ。子や孫の世代に平和な世界を残すのは、戦後を生きてきた世代の最後の努めだと思う。

進化の謎をとく発生学 - ミッシングリンク発生学の復権   2022年4月21日

「進化の謎をとく発生学 - 恐竜も鳥エンハンサーを使っていたか」 田村宏治著 岩波ジュニア新書 2022年3月発行 を読んだ。本屋で本のタイトルを見て思わず買ってしまった。ジュニア新書の読書対象年齢は中高生からだが、分かり易く大人でも面白い本が多く、これまでも何冊も読んだ。私は生物学の最終目標は生物の進化を明らかにすることだと考えている。生物学では、個体レベル以上の現象を取り扱う生態学や遺伝子レベルの現象を取り扱う分子生物学の分野が活発に研究されてきた。しかし、この二つの分野をつなぐ発生生物学の分野は日の目を見ない時代が長く続いた。近年この分野の進歩が著しく、生態と遺伝子をつなぐリンクがつながり、生物の進化の全体像の解明が進むと期待される。形態が変化することが進化だと我々は考えがちだが、それは分化した細胞から異なる形態を発現させる発生の仕組みが変化した結果だということをこの本は教えてしてくれる。どの細胞も持っている同じ遺伝情報だが、どの遺伝子をどの細胞で、いつ、どのくらい発現させるかを制御しているエンハンサーという遺伝子上の配列が関わることにより、生物の異なる形態が作り出されている。異なる動物の手足の形に関わる遺伝子の発現に関与するエンハンサーや鳥の羽を作る特異的なエンハンサーを見つけ出すといった研究を紹介しながら話を進める。研究には遺伝子工学、ゲノム解読やスーパーコンピュータも使われる。遺伝子の発現から異なる発生経過を辿って形態や生態の進化が導かれる筋道が見えてくる。 最後は、私の孫も熱中する恐竜も鳥と同じエンハンサーを使っていたという推論が成立するというワクワクする結末に読者を導く。高度な内容を易しい言葉で平易に書く著者の努力と能力に敬服する。そして、若者に科学的な考え方や科学研究の面白さを説くことも怠らない。

ロシアによるウクライナ侵攻一月                 2022年4月11日

ロシアがウクライナ侵攻を開始して一月以上が経つ。ウクライナでの破壊と殺戮のニュースが連日報じられる。残念ながら未だロシアの侵攻を止めることは出来ていない。
 日本を含む世界中でロシアの撤退を訴える大規模の集会やデモは行われなかった。「声の力」は使われなかった。若い頃はベトナム戦争反対のデモに何度も参加した。反戦を叫ぶデモの熱気は凄かった。そんな覇気と熱気は何処へ行ってしまったのか。
 国連は、国際連盟が第二次世界大戦を防げなかった反省から、戦後国際平和と安全の維持や経済・社会・文化などの国際協力を行うために設立されたはずだが、今回戦争を止める有効な役割を果たせなかった。国連決議無しにアメリカがイラクやアフガニスタンに侵攻したとき、なんら役割を果たさなかった結果とも言える。
 アメリカやEU、NATOはウクライナにさらなる軍事支援をするという。ロシアは愚かにも直接戦争を始めてしまった。一方ウクライナは西側諸国の代理戦争をやらされていると見える。ウクライナの国土と人命のさらなる犠牲を伴って。
 ウクライナの避難民が逃れてきている隣国ポーランドの首都はワルシャワだ。冷戦時代にワルシャワで結ばれた西側の軍事同盟NATOに対峙するワルシャワ条約機構は既に崩壊している。今も存続しているNATOが今回のロシアによるウクライナ侵攻の引き金になっている。NATO諸国は軍事同盟を解消し、ロシアと平和条約を締結すべくロシアと交渉し、即終戦を実現すべきだ。ウクライナを犠牲にして、この際ロシアを叩き潰そうという魂胆ならとんでもない。
 戦争は最大の環境破壊だと言われる。2015年国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)のパリ協定で、温室効果ガス排出による世界の平均気温上昇を産業革命以前 に比べて1.5℃に抑える努力を追求することが掲げられた。先日の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が公表した第6次第三作業部会報告書は、2010〜2019年の温室効果ガス排出が人類史上最高に達し、現状は1.5℃抑制の経路上になく、削減のために野心的に取り組まなければならないとしている。
 もう戦争や軍事力のために無意味なエネルギーを使っている余裕は全くない。わが国ではミサイルが飛んできて命を失った人はいないが、毎年温暖化による気象災害で多くの人が命や財産を失い、インフラが破壊される。ウクライナの戦争は他国の事でなく我が身に降りかかっている問題と理解すべきだ。
 武器ではなく「声の力」で戦争を直ちに止めさせよう。

私達の声の力でロシア軍の撤退を!  2022年3月8日

ロシア軍がウクライナ侵攻を開始して一週間になる。停戦は未だ実現せずウクライナでは多くの犠牲者が出ていると報道されている。ロシアの蛮行に対して、専門家と称する人達は、今のところ打つ手がないと口をそろえている。アメリカのブリンケン国務長官は、ロシアのウクライナ侵攻は長期化するとの認識を示し、武器の供与を含めた支援をすると述べている。

これではウクライナの人々の命がさらに奪われ、母国が失われかねない。政治家や専門家の評論には期待は出来ない。

私達に何が出来るのか。世界中で皆が外に出てロシアの侵攻に抗議し、ロシア軍の撤退を訴えよう。世界中でロシア大使館や領事館をおびただしい数の人々で包囲して、抗議と撤退を叫ぼう。もしこれが出来れば、ロシアは直ぐにウクライナから撤退するだろう。武器ではなく、人々の声で。

Stop the invasion!     3.4,2022

Putin! Stop the invasion!
Putin and Biden! Talk for Ukraina! Immediately!
You have the blame for that!

 

京都の観光寺社と環境問題                   2021年12月10日

先日、戒光寺(泉涌寺の塔頭)の本堂の屋根が夏の大雨で崩壊し、修理のためのクラウドファンディングを立ち上げていたので微力ながら募金をした。https://the-kyoto.en-jine.com/projects/kaikouji  本尊釈迦如来立像(重要文化財)は鎌倉時代の作で、台座と光背を含めた高さは 10mにおよぶ大仏で、下から拝むとその荘厳さに圧倒される。隣の即成院とともに泉涌寺の塔頭の中で私の好きなお寺だ。
 2年前の台風では京都の多くの観光寺社が重大な被害を被り修復を余儀なくされた。また、嵐山は渡月橋の欄干が倒れ、保津峡の川下りが中止になり、鞍馬への叡山電車が長らく運行出来なかった。嵐山は2013年にも大雨による桂川の氾濫で大きな被害を受けた。近年気象災害によって京都観光は大きな被害を受けている。風水害だけでなく、京都の夏は今や熱中症警戒アラートが連日発せられ、安全な観光を行うのも難しくなっている。さらに温暖化が進めば、寺社の庭の美しい苔が衰退するとも聞く。
 近年の気象災害の頻発や苛烈化は温室効果ガスの増加による地球温暖化によってもたらされている。このため今年英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議 (COP26)では、温室効果ガス排出削減を前倒しで行わなければならないとの認識が高まった。当面、日本は2030年までに46%温室効果ガスを削減すると宣言している。後8年しかない。
 しかるに、環境問題どこ吹く風で京都の観光寺社や観光地はどこも夜までイルミネーション(ライトアップ)で煌々と照らし出し多くの観光客を呼び込んでいる。木々は電飾を巻き付けられて悲鳴を上げている。
 寺社に科学的な環境問題を説くのは、馬の耳に念仏とも言えるかも知れない。しかし、寺社は本来静寂と質素・倹約を旨とし、自然を尊ぶ場所である。神道が自然物を神として崇め、仏教が生きとし生けるものを尊び、質素・倹約を教えとするのは、環境を守り資源を浪費しないことの大事さ(科学的事実)を教えているのだ。先人は何千年も前から環境や資源の大切さを宗教の教えとして受け継いで来た。
 京都に多くある寺社は貴重な緑地として京都の環境を保全してきた。生物多様性の貯蔵庫でもある。一方、京都の多くの寺社は皇室や武家に支えられてきたものだ。またその他の寺社も檀家や信者が減り、京都の寺社の持続的な維持が危ぶまれている。これらの寺社は、先人から代々受け継いで来た京都だけでなく日本の財産だ。環境・エネルギー浪費型の観光から脱却して持続的な宗教施設として寺社を守っていくには、私達が日常的に宗教施設として参拝し、また様々な形で財政的な支援をすることが大事だと思う。

  

日本の科学技術力の低下は慢心?                       2021年9月9日

朝日新聞夕刊(2021年9月7日)の「取材考記」という記事に科学医療部記者の日本の科学技術力の低下についての論考が載っていた。文科省の研究所の我が国の科学技術に関する報告書で、科学技術力を示す一つの指標として国際的に引用回数の多い影響力のある論文数で見ると、中国が米国を抜き初めて首位に立ったという。一方日本は2000年代半ばから順位が下がり続け、G7最下位の世界10位に転落したとも。この記事にはないが、英国高等教育専門誌(THE)の最新の世界の大学ランキングでも、トップ100に入ったのは日本では東大(35位)と京大(61位)だけで、京大は前年から順位を7つも下げた。一方、中国は北京大学(16位)、精華大学(16位)を筆頭に6大学がトップ100に入っている。また文科省の研究所の報告書では、発表論文数も中国がアメリカを抜いて一位になり、日本は4位に転落した。この原因を、記者は研究時間の減少や博士課程進学者の減少などが要因として挙げているが、(最近のノーベル賞受賞ラッシュなどからして)「慢心」にあったのではないかと結論している。記者は、ならばどの様な科学技術政策に転換すべきかは書いていない。
国立研究所は2001年に中央省庁再編を名目に独立行政法人化され、2004年には国立大学も大学法人化された。これに続いて地方自治体の研究所や大学も法人化された。記者が書くように、この時期から日本の科学技術力の低下が進行している。研究所や大学に企業原理を導入して、短期間に成果を出すように仕組みが変えられた。同時に予算と定員を毎年一律に減少させる仕組みが導入された。安く簡単に成果が出る研究をやらざるを得ない状況になった。20年に及ぶ法人化の弊害で今や国立の研究開発法人や大学法人はスカスカで、こうした法人化の問題点は何度も訴えられてきたが、政府は聞く耳を持たなかった。ノーベル賞受賞学者も度々日本の研究の現状の問題を指摘している。今や有能な日本の研究者の多くが中国を含めた海外に流出しているとも聞く。「慢心」ではなく政府の無策とジャーナリズムの無関心が現状をもたらしたのだ。大学や研究機関の予算と定員を保証し、自立した運営を担保することこそ、日本の科学技術力を取り戻す道であることは自明だ。取材考記と言うなら、机上の情報ではなく大学や研究所現場に足を運んで取材して記事を書くべきであろう。

 

・新型コロナウイルス 政治と科学         2021年8月13日

一昨年末に中国の武漢を発生源にした新型コロナウイルスCOVID-19があっと言う間に世界中に広がってパンデミックになった。こうした感染性の病原体のパンデミックが起こるであろうと言うことは、多くの専門家によって警告されていた。それが現実のこととして起こったことに驚いている自身の不明を恥じる。インフルエンザと同じRNAウイルスなので夏前には一旦収まるであろうというという私の安易な予測も打ち砕かれた。

ウイルスは次々変異株を作り出して感染を広げている。ウイルスの遺伝情報はRNAの一本鎖なので変異が起こりやすい。他の生物の生産工場を使って増殖するので、自ら難しい生理や生態機能を維持する必要が無いので安定的な遺伝情報は必要ない。効率良くコピーを作れる変異が現れては席巻する。ウイルスは生物ではないが、ダーウインの進化理論通り、変異株の頻度が変化している。リチャード・ドーキンスの言葉を借りれば、生物は遺伝子の乗り物に過ぎない。遺伝子が主役なら、正に私達は進化を目の当たりにしている。

昨年ヨーロッパから入った変異が増加し武漢型変異に置き換わっているときに、安倍首相が武漢型は制御出来ている(under control)と自らのコロナ政策を賛美した。国立感染研究所の入れ知恵だろうが、もし国立感染研究所が本気でそう思っていたら国立研究所として恥ずかしい。

ゲノムサイズの小さいウイルスはいかなる変異でも作り出せるわけではない。新しい変異株は交換に何か別の特性を失っている可能性がある(トレードオフ)。それが1つの弱点であば良いのだが。

全国的に新型コロナウイルスの感染が爆発的に増加する中、今朝の新聞の一面記事によると、東京都のモニタリング会議で、専門家が新型コロナの蔓延は制御不能、自分の身は自分で守るようにと、言及したそうだ。

制御不能とは考えられるあらゆる手段を講じても制御出来ないと言うことだ。国民や地域住民の命を守るのは、国や地方自治体の政府の最も重要な責務だ。国民の生命の保護も感染制御も放棄されたと言うことは、政府関係者も科学者も国外逃亡して無政府状態になったとしか思えない。

ウイルスは生体外では感染力を長く維持できないので、感染は人を介して起こる。人と人の接触を減らせば、感染は収まる。制御不能ではない。科学的には最もシンプルだ。

コロナ分科会の尾見会長は、人流を7月から5割減らせと今朝言っていた。5割という適当なことではなく、何割減らしたら今後どの様に感染が減るかの予測(シミュレーション結果)を示して国民に訴えなければ、誰も聞かない。国の分科会なので東京都だけの話では、それこそ話にならない。

社会を動かすために働く必須労働者(エッセンシャルワーカ-)に、自分の身は自分で守るようになんてありえない。「あなたたちの命はなんとしても守ります」でしょう。

菅首相は、今日必ず国民に向けた会見で自らのこれまで不明を恥じ、国民に感染を抑えるための万全の方策を示して感染抑止を訴えるべだ。

家で本を読む時間が多く、黒木登志夫著 新型コロナウイルスの科学 中公新書(2020年12月)を読んだ。新型コロナウイルスが国内に蔓延しだした後4ヶ月で最新の情報を入れてこの本を仕上げたというのに驚く。コロナウイルスについて知りたいことが書かれていてお薦めだ。

この中に、メルケル首相の昨年3月の演説が載っていた。1年以上前のワクチンや治療法がまだ十分確立されていない時期の演説だが、科学的判断に基づく賢明な政治家の重要性がよく分かる。 https://japan.diplo.de/ja-ja/themen/politik/-/2331262

菅首相には科学担当補佐官や優秀な科学顧問がいないのか。

※ 結局菅総理は、この日メルケル首相のように国民に直接訴えることはしなかった。「日本。勝った。勝った。また勝った。」と言っている内に戦局が悪化し、失われなくてもよい命が失われないか・・。

 

・泥んこ遊び            2021.4.25

子供の頃はよく家の前の道や砂場で水道から水を汲んできて土団子や池を作って泥んこ遊びをやったものだ。

最近はそうした光景を見る機会が少なくなったが、公園などでの砂遊びはどの子も好きだ。

泥んこ遊びも土いじりも土に触れるということでは同じだ。

土に触れるということでは、大人になって研究所の圃場で作物や雑草を育てて、地面に這いつくばって昆虫の調査をやった。家庭菜園で土を耕して作物を育て、雑草を取ったり収穫することも楽しんだ。

こうして土に触れると心が落ち着き心地よい。子供も大人も同じだ。

でも、何故土に触れることが心地よさを与えるのか理解出来なかった。

最近「家は生態系」ロブ・ダン著 白楊社(2021)を読んだ。この中で、イルカ・ハンスキ等の「環境中、家屋内、そして身体に生息する多種多様な生物への暴露が、免疫系の機能を正常に保つのに何らかの役割を果たしている」とする仮説に基づく研究を紹介している。ハンスキは糞虫の研究に始まり、超(メタ)個体群動態の大家として活躍していたが、同じ研究に留まらないところに感心する。

要は、彼らは子供たちが十分に野生生物に暴露していないと、免疫系の調節経路が役割を果たさず、アレルギーや喘息を発症し、その他諸々の問題も生じると考えた。彼らはロシアで暮らすカレリア人の裏庭の生物多様性と子供たちの皮膚の生物多様性の程度を調べた。実際に、裏庭が希少在来植物の多様性に富む家の子供達は皮膚の細菌の多様性、特に土壌由来の細菌の多様性に富んでいた。そして、その様な子供達のアレルギーのリスクが低かった。

また同書では、健康な成人の皮膚表面には、毛足の長い絨毯の様な微生物叢が形成され、そうした微生物の外套が危険な微生物が増えることを抑えている事を示唆する研究も紹介されている。

つまり、泥んこ遊びや土いじりで、私達は多様な微生物叢を体表面に付けたり体に取り込んだりして、免疫機能を高めたり、危険な病原菌をはねのけたりしているのではないか。そのことが私達の生存率を高め、結果として健康な子孫を多く残すことにつながれば、泥んこ遊びや土いじりを好む形質が進化しても不思議ではない。

抗菌素材や除菌剤の宣伝がテレビのコマーシャルで溢れている。新型コロナウイルスで何処へ行っても除菌剤のスプーレーを手に掛ける。これらは、私達の免疫機能を低下させたり、危険なウイルスや病原菌を返って増やすことにならないか・・。

今日も花壇の土いじりで気持ちの良い汗をかいた。

 

 

 

 

 

 

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